木
24
5月
2012
石巻ひかりの芸術祭 レポート
第二回 石巻ひかりの芸術祭
木
03
2月
2011
ECOPARTY SCHOOL OILFIELD CARAVAN Report 013
2011年2月3日 ネパールの楽園ポカラ
朝のピーンと張り詰めた空気のなかトラックはポカラをめざす。
いくつもの山道をのぼったり下ったりしながら平均時速は25キロ。途中渓谷の橋を渡ると魚料理で有名な食堂で腹ごしらえ。
メニューは橋の下を流れる清流でとれた魚のカレーをはじめ地鶏やポークの干し肉などつぎつぎと出される。一口つまむと美味い!ネパールの地酒ロキシーも注文する。これがまた料理にぴったり、何杯もおかわりをする。
ほろ酔いで出発。(もちろんドライバーは飲酒運転ではありません。)
あと50キロで到着だ。また山道をゆっくり走りつづけると突然、雪のかぶったアンナプルナのヒマラヤがみえる。
我々はヒマラヤを追いかけペースがあがる。途中ポカラで待っているスタッフからなんども連絡がはいる。
山道は見慣れた道にでるとそこはポカラ市にはいる。
ポカラ・ストリート・フェスティバルでお世話になったマウント・カイラス・ホテルに到着。ウエルカム・ポカラの横断幕に出迎えられる。走行距離2003キロ。インド・コルカタからブッダの足跡を巡りながらの旅は終了した。
しかし、これからスクール・オイルフィールド・キャラバンのはじまりだ。約1ヶ月かけて振り出しに戻ってきたようだ。
(ウワイ)
水
02
2月
2011
ECOPARTY SCHOOL OILFIELD CARAVAN Report 012
2011年2月2日 ブッダ誕生の地。ルンビ二
朝のすがすがしい空気のなかマーヤ聖堂を訪れる。
聖堂にはマークストーンが置かれていた。仏典によるとマーヤ婦人が出産のため実家に帰省の途中にこの地でブッダを産み落としたといわれている。
聖堂の前にある菩提樹の下で僧侶たちが瞑想をしていると思ったが
彼らは、観光客が気になるのか、キョロキョロと落ち着きのない僧侶たちはコスプレとなんら変わりないと感じてしまった。
いままでの聖地と同じで観光客のためのテーマパーク化していた。
お土産屋にて、「天上天下唯我独尊」のポーズをしたブッダベービーを購入した。
そして我々は、最終目的地であるポカラを目指し、ルンビ二を後にする。
ルンビ二を過ぎたあたりから山道がつづいている。
途中タカリ族の食堂で久しぶりのダルバートを食べる。
しばらく休憩して、また山道を登り続けたタンセンの山頂のホテルに今夜は泊まることにする。
夜になるとかなり冷え込み夕食を食べ早々にベッドに入ることにする。
明日にはポカラに到着だ。
(ウワイ)
火
01
2月
2011
ECOPARTY SCHOOL OILFIELD CARAVAN Report 011
2011年2月1日 ブッダ誕生の地。ルンビ二
昨日は途中の町のホテルで一泊し、今日はブッダの足跡の旅の最終地であるネパールのルンビ二を目指す。
ネパールを走る風はすがすがしくどこか違って感じる。どこがといわれてもインドと今のところ風景も大差ないのだが、バイブレーションが違うというか空気が違うのだ。
今回の旅の心配していた通関が無事にいき安心した精神的なものかもしれない。(一番変わったといえばカブの顔つきかも?)
そんなことを考えているうちに、我々はルンビ二に到着した。周囲を柵で囲まれた広大な公園である。ここは、1997年にユネスコの世界遺産に登録されている。
観光は明日にしてホテルにチェックイン。
ネパール人スタッフとのポカラ・ストリート・フェスティバルから約1ヶ月ぶりの再会を祝してビールでカンパイ。
(ウワイ)
月
31
1月
2011
ECOPARTY SCHOOL OILFIELD CARAVAN Report 010
2011年1月31日 国境通関ロクソール~ビルガンジ
早朝5時にホテルをチェックアウトし、朝靄のなかひたすら目的地をめざす。
ブッダの足跡も、ネパールのブッダ誕生の地ルンビ二を残すのみだ。
しかし、今日はトラックの通関が気になる。
カルネ(ジュネーブ協定による税金免除)があるにもかかわらずインド・コルカタでの通関に2週間かかった経緯もあるので、カルネが適応されないネパールで一体どれだけ時間がかかるかまったく予想できないのである。
インドでは、事前にエージェントと協議を重ね準備しての結果である。
だんだんハイウェイの交通量が増えてきた。昼ごろにはインドの国境ロクソールの手前で渋滞にすっぽりはまり、どんどん国境がせまってきた。
インド人ガイドはいつものノープロブレムの合言葉でどんどん進んでいく。
もし通関できなければネパール国境ビルガンジで我々の到着を待っているネパール人スタッフと合流できないのだ。
日
30
1月
2011
ECOPARTY SCHOOL OILFIELD CARAVAN Report 009
2011年1月30日 ブッダ入滅の地。クシナガル
朝食もガイドのすすめるレストランで最低なトマトケチャップスープではじまった。
しかしガイドの彼はおかまいなしノープロブレム元気いっぱいだ。
クシナガルをトラックと一緒に観光しながら走る。
ガイドはまったく説明もなくしかたなく、トラックを停車してガイドブックにあるブッダ涅槃像のあるストゥ―パをお参りすると、流暢な日本語で話しかけてくるインド人ガイドに出会う。彼は、政府の許可書を持つガイドだった。値段交渉してお願いすることにした。
土
29
1月
2011
ECOPARTY SCHOOL OILFIELD CARAVAN Report 008
2011年1月29日 ブッダ入滅の地。クシナガル
今朝になってビデオカメラマンが頭が痛いといってきた。
クルマの窓が全開で風邪をひいたらしい。そういえば奴はいつも窓を閉め切っているので、いつも窓を開けさせていたのが原因か?でも撮影のためだからしょうがないよね!
だいたいカメラマンのくせして、アシスタントと話ばかりして撮影しないことに、こちらもかなりストレスになっていたところ。
もし風邪が他のスタッフにうつるといけないし、これから先はさらに山になり寒くなって風邪が悪化するといけないから、残念だがここから帰ったほうがいいということにして、お引取りいただくことにした。
アシスタント兼照明は、我々と一緒にいくと主張したが、もともと今までなにをサポートしたのか理解できないし照明の必要な夜間撮影は最初から無いといっているし、だいたい照明の電源の用意も無く一体どうやってライトを点けるというのか?同部屋だから風邪がうつっている可能性があるということで同時に2人を解雇することができた。
(彼らはこちらの本心は知らず、途中であっても契約の日程分のギャラが支払われると知り笑顔でバイバイした。)
お荷物を降ろして我々は一路ブッダ入滅の地。クシナガルを目指す。
金
28
1月
2011
ECOPARTY SCHOOL OILFIELD CARAVAN Report 007
2011年1月28日 ヒンドゥーの聖地。バラナシ
昨日の長旅の疲れも残るが、せっかくだから寄り道をすることに。ブッダもきっと寄り道しているはず。その当時からヒンドゥー教の聖地として栄えていたのだから。トラックは、残念ながら進入禁止ということで、撮影車のタタ・スモウに7名で向かう。トラックのドライバーとヘルパーのカラシは、今日一日ホリデーだ。
バラナシに近くなって、乗用車も乗り入れ禁止で、ドライバーもここで待機。ここからは、みやげ物屋や花売りと人力車と人々がごった返すなか、はぐれないようにしながら聖地をめざす。そんななかをラッパや太鼓をならしながら布に包まれた死者を御輿さながら、悠然と行進する一団と何度かすれちがいながら、ヒンドゥーの聖地にたどり着く。目の前にガンガー(ガンジス川)がひろがる。
木
27
1月
2011
ECOPARTY SCHOOL OILFIELD CARAVAN Report 006
2011年1月27日 ブッダ説法の地。サールナート
翌朝、明るくなって部屋の外にでてみると、井戸を中心に部屋が配置され、まだ寒さの残るなか、この家の人たちは井戸水で身体を洗い、朝の身支度をしていた。
近所の子どもたちが、この家に泊まっている外国人がめずらしいのか集ってきた。
昨夜は、小屋のなかからハシゴで屋根に上ったカブは、夜風が気持ちよく、そこから満天の星空の絶景に感動したらしい。
みんなで村を散歩してからジャガイモのカレーとチャパティーを頂いて、帰り支度をしていると、いつの間にかカブはこの家の娘に手を握られ離してもらえない様子で困り顔だ。(もてる男はつらいね!このまま置いていくか?)
今日こそ目的地のサールナートを目指し村を後にした。相変わらず狭くて砂埃のつづく悪路を走ること12時間。途中、何度かチャイの休憩をとりサールナートに着いたころは夜の9時半をまわっていた。町の中心地に一軒だけあいていたレストランでカレーを食べる。
それからホテルを探して11時近くチェックイン。明日は、ここから程近いバラナシ(ヒンドゥー教の聖地)を観光することにする。今日は、とにかく熱いシャワーを浴びて就寝することに。
(ウワイ)
水
26
1月
2011
ECOPARTY SCHOOL OILFIELD CARAVAN Report 005
2011年1月26日 雨のラージギル
インドにきてからはじめての雨。山間の朝はかなり気温も冷えてきた。
困ったことに我々のトラックはワイパーがはずされたままだった。
これ以上激しく雨が降れば、もう一泊足止めするしかない。
ホテルの部屋の窓から、いつものようにチャイを飲みながら成り行きをみつめていると朝日が顔を出してくれた。いつものように、あわただしくホテルをチェックアウトして目的地に向かう。
火
25
1月
2011
ECOPARTY SCHOOL OILFIELD CARAVAN Report 004
2011年1月25日 ブッダ修行の地。ラージギル
ブッダガヤーから約3時間程度で目的地ラージギルに到着。周りをブッダが修行した山々に囲まれた中心地は綺麗にデコレーションされた馬車が行きかう静かな町だ。
トラックを停車してガイドがホテルを探しにいっているあいだ、いつものようにチャイを飲みながら待つことにした。
チャイ屋には先客のババ(ヒンドゥの修行僧)がチャイを飲んでいた。彼の横の席をすすめられ、ババは自分のつけている数珠を私の首にかけ、なにやら呪文をとなえる。意味を尋ねると一言「ミラクール」。
ホテルは山の麓にあるそこそこのホテルだった。町から離れた場所のため夕食はホテルでとることにする。メニューは、タイ料理のバイキングスタイル。(きっとタイの経営のホテルなのか、ツーリストも我々以外には、タイ人のツアー客だけだ。)
明日の目的地のサールナートを目指しローカルなバイパスのためかなりの長旅になりそうだ。今日もキングフィッシャーでカンパイ。
(ウワイ)
火
25
1月
2011
ECOPARTY SCHOOL OILFIELD CARAVAN Report 003
2011年1月25ブ日事件は起きた
失踪事件
菩提樹で祈りを捧げ、いざラージギルを目指す2011年1月25日。朝、事件は起きた。
昨夜、近くの寺院を朝見に行こうと言っていた。
起きて、トイレに行っていると部屋をノックする音が聞こえる。
急いでドアを開けるが誰もいない。
でも時間的にも寺院に行く時間だし間違いない。
走って追いかけるが全く見当たらない。
ホテルに戻り、レセプションで聞いても出て行ったという。
まぁ、ロビーで待ってれば帰ってくるだろう。
この時、朝7:45分。
出発予定時間11:00を前にガイドのサフィートが降りてくる。
サフィ「ボスはどこ?」
カブ 「寺院を見に行ったと思うんだけど、帰ってこないんだよ。」
サフィ「ディレップさんに電話してみる。」
サフィ「え??シバを見に行ったっきり帰ってこない??」
カブ 「!?」
サフィ「ちょっと車で町の周りを探してくるよ、カブはディレップさんのところにいて。」
おぉ、いつになくガイドっぽいサフィー。
とりあえずディレップさんとボスが別れた場所に行き、合流した。
ディレップさん曰く、
1:日本語を話すインド人に連れられてシバを見に行った。
2:9時ごろ帰ってくると言っていた。
3:拉致られて薬でも飲まされている可能性がある。
これは事件だ。
消えたのは8:15頃。
現在10:50なので約2時間30分ほど音沙汰なしってことか。
日本ならまだしもここはインドのブッダガヤだ。
インド人でもここは危ないからと注意してくるほどだ。
とりあえず最悪の事態を想定するとインドのポリスか日本大使館へ連絡するのが妥当だろう。
いや待て、まずはネパールのポカラで僕らを待っているディディに意見を仰ごう。
カブ 「ボスが失踪しました」
ディディ「あのチョンマゲダルマ!すぐ帰ってくると思うけどキツク言っておいてね!」
あれ?
想定範囲内かのように、まったく心配していない。。。
国境を越えても予測できるものなのか?(ディディは魔女だから予知だったのか?)
ディレップさんと夕方までに戻らなかったらポリスと大使館に電話だね。
もし帰って来なかったら等の「もしも話」を繰り広げていると、時計は12:30になっていた。
その時、
「いっやーゴメンゴメン!」
帰ってきた。ホントに帰ってきた・・・
チョンマゲヒゲダルマ!
ディディ恐るべし。
失踪中なにをしてたのか聞くと、こちらの心配を全くお構いなしに楽しそうに話すので聞くに堪えない。
どうやらブッダの隠れ聖地で現地人とお酒を交えながらコミュニケションをとっていた模様・・・・なんてお人だ。
各々文句をいい、もう考えたくもないのでとりあえず次の目的地ラージギルへ向かう。
失踪中の真相は本人からの供述を願う。
(カブ)
月
24
1月
2011
ECOPARTY SCHOOL OILFIELD CARAVAN Report 002
2011年1月24日 ブッダ悟りの地。ブッダガヤ
昨日の長旅で腰と背中が固まったままだ。コルカタと違い、ブッダガヤーは観光客の町なのでホテルも快適だ。今日の予定を立てていると、そこにコルカタで知り合った、プレーボーイのラジャカーンが部屋をたずねてきた。
彼の故郷はこのブッダガヤのちかくの村の出身で、日本からきたナースのガールフレンドと一緒にこちらに帰っていたわけで、このホテルも事前にブッキングしてくれていた。
我々は、彼の案内でブッダガヤで一番おいしいホテルのレストランで、またもやカレーを食べてから近くを観光することにした。
ブッダガヤ周辺は、あの有名なブッダが悟りを開いたといわれる現在公園になっているところ意外は、なんの変哲もないインドの田舎だ。トラックで走りながらブッダが訪れた2500年前の原風景を求めやっと一本の大きなビーパル(菩提樹)をみつけトラックを横付けする。そしてその木の下でブッダのまねごとの瞑想をためしてみる。
木陰にそよぐ自然な風が気持ちいい。日本を出発してから約40日、一息つくまもなく今日までリラックスすることなく、ポカラストリートフェスティバルから日程のたたないインド・コルカタでのトラック通関、そしてブッダの足跡をたどる旅。ガイドブックには途中に山賊に注意を促す情報など神経の休まることのない日々がつづいたからだに、久しぶりに感じる自然の心地よさだ。ブッダもこの地できっとリラックスしたことだろう?
日
23
1月
2011
ECOPARTY SCHOOL OILFIELD CARAVAN Report 001
2011年1月23日 ブッダの足跡を目指して
昨夜のトラック通関をインドビールのキングフィッシャー(ストロング度数8パーセント)でカンパイして寝たのもつかの間、今日はコルカタからブッダガヤまで約500キロ。早朝5時にサダルストリートのホテルをチェックアウト(夜に部屋の電気を消すとよってくるダニとゴキブリとネズミに悩まされ、明かりをつけたまま眠れない夜をすごした)トラックに燃料を補充するためガソリンスタンドで合流する。本当は日本からプラスチックオイルをタンクに満タンの予定だったのだが、船で運搬するためわずかな燃料しか許可されず不本意ながらインドで軽油を入れることに。その後、公道に停車してトラックをチェック。(荷台の備品に問題はなかったが、なぜかワイパーがブレードごと紛失、ご丁寧に金属部にボロキレを巻きつけてあった。ポカラまで雨の降らないことを祈るだけだ。)
そして我々の旅の安全を祈願してホーリーマンによりお香とココナッツと手首にひもをまかれ、額にオレンジ色のティカをつけられお払いをしていざ出発。メンバーは、日本人2名とネパール人1名にインド人のビデオカメラマンとアシスタントに撮影車のドライバーとトラック現地ドライバーにヘルパーのカラシとモスリムのガイドの総勢9名。
エコパーティー「地球環境文化交流協会」
Environmental Culture Organization ECOPARTY


