ECOPARTY SCHOOL OILFIELD CARAVAN Report 008

2011年1月29日 ブッダ入滅の地。クシナガル

今朝になってビデオカメラマンが頭が痛いといってきた。
クルマの窓が全開で風邪をひいたらしい。そういえば奴はいつも窓を閉め切っているので、いつも窓を開けさせていたのが原因か?でも撮影のためだからしょうがないよね!
だいたいカメラマンのくせして、アシスタントと話ばかりして撮影しないことに、こちらもかなりストレスになっていたところ。
もし風邪が他のスタッフにうつるといけないし、これから先はさらに山になり寒くなって風邪が悪化するといけないから、残念だがここから帰ったほうがいいということにして、お引取りいただくことにした。
アシスタント兼照明は、我々と一緒にいくと主張したが、もともと今までなにをサポートしたのか理解できないし照明の必要な夜間撮影は最初から無いといっているし、だいたい照明の電源の用意も無く一体どうやってライトを点けるというのか?同部屋だから風邪がうつっている可能性があるということで同時に2人を解雇することができた。
(彼らはこちらの本心は知らず、途中であっても契約の日程分のギャラが支払われると知り笑顔でバイバイした。)
お荷物を降ろして我々は一路ブッダ入滅の地。クシナガルを目指す。

途中、狭い橋のたもとで曲がりきれずにいると、ちょうど象使いと遭遇したりインドを実感しながら、ここからの道程は長く、おまけにガイドのミスで50キロ以上も目的地を通り越し戻ってきたころには夜も11時を過ぎたころであった。
普段は冷静なカブもさすがに疲れもピークか、ガイドのサフィートにきれる。
当初、我々にはなんどもツーリストを連れてきているといっていたのに、ホテルのブッキングも行き当たりばったりでルートマップすら確認していない。カメラマン同様ここで解雇する勢いだった。

ホテルも2人を解雇したためガイドと同部屋になったカブに、ノープロブレムとかたずけられ部屋でモスリムのお祈りを始めるガイドの彼にほとほと参っていた。

(ウワイ)


2011年1月29日 クシナガル

いざクシナガルへ!体調を崩した現地カメラマンを残して


サールナートの寺院をバックにトラックの撮影だ。

寺院の前に大量の観光バスが・・・昨日、バナラシに行くときは一台もいなっかたのに。

トラックを横付けできず、前日のイメージ通りにいかなかった。

それからというもの、ボスの口癖に「チャンスは一度」が定着した。


川沿いの道を走って細~い交差点を曲がっている途中、インド象を発見!

トラックの燃料タンクガードを擦ってしまったことなど吹き飛ぶニュースだ。

インド象はお食事中で、いまなら近づいても平気というのでここぞとばかりに写真を撮りまくった。

そして象さんのバックをトラックが走る映像を撮って、クシナガルへ向かった。


バイパスを延々と走ってようやく道路標識にクシナガルが出てきたのは夜の8:00ころ。

夕飯休憩中に相談し、あと30kmだし夜だから撮影ができないので撮影車がクシナガルへ先行してホテルを探すことになった。

しかし、なかなか着かないなぁっと思っていたらやはり道を間違えたらしい・・・。

サフィートの奴め・・・。

深夜に他人の家をノックして道を聞き、クシナガルのホテルに着いたのは夜11:00過ぎ。
部屋に入るとなぜかガイドのサフィートと相部屋に。

相部屋なのは構わないが、一言文句を言ってやろう。

 

カブ 「なぁなぁ、お前ガイドだろ?ホテルのブッキングとかルートとか事前に調べないの?」

サフィ「イエス、ワタシハガイドね。ナンバルワンダカラ、ノープロブレム!」

カブ 「ナンバルワンなら道を間違えるなよ・・・一本道だったのにどうして間違えるんだよ!」

サフィ「ハッハァ!カブサン、ノォープロブレム!!」

カブ 「・・もういいや。寝ます」

インド人は懐は深いがいいかげんさも深いらしい。

信仰心も深く、モスリムのサフィートはその後1時間お祈りというか念仏を唱えていた。

今宵はサフィートがイビキをかき始めるまで寝ることができなかった。

(カブ)