ECOPARTY SCHOOL OILFIELD CARAVAN Report 007

2011年1月28日 ヒンドゥーの聖地。バラナシ

昨日の長旅の疲れも残るが、せっかくだから寄り道をすることに。ブッダもきっと寄り道しているはず。その当時からヒンドゥー教の聖地として栄えていたのだから。トラックは、残念ながら進入禁止ということで、撮影車のタタ・スモウに7名で向かう。トラックのドライバーとヘルパーのカラシは、今日一日ホリデーだ。

 

バラナシに近くなって、乗用車も乗り入れ禁止で、ドライバーもここで待機。ここからは、みやげ物屋や花売りと人力車と人々がごった返すなか、はぐれないようにしながら聖地をめざす。そんななかをラッパや太鼓をならしながら布に包まれた死者を御輿さながら、悠然と行進する一団と何度かすれちがいながら、ヒンドゥーの聖地にたどり着く。目の前にガンガー(ガンジス川)がひろがる。

見た目には、決して綺麗とはいえない、どんよりした川で頭までもぐって沐浴をする人々と、結婚式の家族やツーリストが集う。そこから200メートル先のガート(火葬場)では、先ほど遭遇した御輿さながらに運ばれた死者を川岸で薪により荼毘に付しその灰を聖なるガンガーに流している。我々は、ボートをチャーターしてガンガーから一望する。

 

対岸の砂地には、まるでピクニック気分の観光客にまざり布切れ一枚をまとったヒンドゥーの修行僧サドゥーが佇んでいる。

(ブッダ生前の当時を偲ばせてくれる)ガンガーには死者に手向けられた花輪が海を目指してゆっくりと流れていく。我々日本も火葬ではあるが、ガスで焼かれるのでは虚しさを感じずにはいられない。川岸で皆に見守られ、薪で焼かれ灰を川に流してもらう彼らが、うらやましく思える。

ガートには、ツーリスト狙いの蛇使いが待ちうけ、ヒョウタンの笛をならし我々をひきつける。そこでカブが餌食になりコブラを首にまきつけ記念撮影。(にわかシヴァ神)首の蛇からは異常に生臭い蛇臭がしたらしい。
つぎからつぎにやってくる土産売りから1000ルピーで買った同じものを別の土産売りはたった50ルピーで売っている。オープンプライスのギャップに怒るより笑うしかない。

夜にはガートはいっぱいのツーリストのため、ショーアップされたカラオケセレモニーが始まり我々はさっさとバラナシを後にモスリム街で夕食のチキンカレーを食べ、サールナートのホテルにもどる。

(ウワイ)


2011年1月28月 バラナシ

サールナートについて夜が明けた2011年1月28日。

ここから20kmほどでバナラシに行けるというので行ってみることに。


近いと言ってもバナラシまでの道は悪路で土埃を浴びながら車で進む。

トラックは進入禁止とのことなので撮影車で向かう。

 

バナラシに近づくとだんだん風景がコルカタに近くなってきた。

車やバイク、リクシャー、人が高密度に蠢いている。

当然、ゴミもポイポイ捨てるので町は綺麗ではない。

 

ちょうど記録保存用のハードディスクが足りなくなってきているので買い足し、インドの古き建築を眺めながら、ガンガーに向かった。


ガンガーでは頭の毛を剃られる子供を横目にボートに乗った。

ここは観光客に対してボートかマッサージの勧誘が激しい。

ボートに乗りながらガートを眺めると、死者が焼かれて灰となりガンガーに流れていく様子がみえる。

ぼーっと眺めてしまう。

ボートから降りると、コブラ使いを発見。

写真を撮っていると、首に巻いてもらえというキツイ指令が・・・。

少しチップを払い、首に巻いてもらう。見ている人たちはおっかなびっくりカブを見ている。

巻かれてわかることだが、このコブラ、めっちゃ臭い。

蛇臭いレベルが高すぎる。。。

最後に鼻に押し付けられ、意識を失う寸前にやっと解放してくれた。

夜になるとガンガーに大量のインド人と観光客が集まってくる。

どうやら死者に対するお祈りが始まるようだ。これを見にバナラシまで来る人も多いという。少し待っっていると衣装を着たお兄さんたちが松明を振っている。

これか??

これを見るがためにバナラシに来る人が多いというのが分かっただけで我々満足し、ホテルへ戻ることにした。

 

途中でチキンカレーを食べ、夜のバナラシをリクシャーで車まで向かう。

車に着くとドライバーは寝ていた様子で眠そうに運転してくれた。

ホテルへ戻り、明日の予定を確認して寝ることにした。

(カブ)